百姓庵で学んだこと

百姓庵で学んだこと
十二月の六日間足らずの体験でしたが受け入れて下さり、かけがえのない時間となったので、自分の内に起こった価値観の変化について振り返ってみたいと思います。
この体験を申し込んだのは、コロナ感染症による移動規制で故郷に帰ることができなくなり、人生初めてのホームシックにかかったのがきっかけだった。自分の中に根を求める衝動があり、国づくり、文化の根こぎや根づきなどの概念も、どこからともなく渦巻いていた。地元の下関で薬剤師として調剤薬局に勤めていたが、五年ほど前から東京に移り住み、現在は漢方について学んでいる。時代の変化を肌身で感じる中、生き方や働き方を模索していた。豊かな自然に触れながら打ち込める手仕事と、衣食住を賄える力を持って暮らせる場所を探していた。命について知りたいということが行動の動機になっていて、海(塩)が深く関わっていることを直感的に感じ取り、塩が精製される様子をどうしても見てみたくなった。
百姓庵のある油谷の自然は素晴らしかった。子供の頃の感覚、つまり命の感覚を取り戻すことができる。水面の揺れや雲が流れるのを見て、遠くで風や鳥が轟くのや、薪が燃えるのを聞く。塩釜のある工場には海から昇る朝陽を一望できる場所があって、海山空星はひとつながりに連動しているのがわかる。育った土の感触がわかる野菜や体温の形跡を残した肉を食べ、廃材を集めて基礎を組み、釘を打ち込んで屋根や床を張り、自分たちが住む家を建てる。その様子を目の前で見て、自分の手で行うことが、命の実感に繋がっていることを知った。
物流の見えないルートに存在するいくつもの仲介業者に価値以上の手数料を払う。抗生物質や添加物によって均一化された食品のように、偏った教育やメディアの洗脳によって均一化された人間が管理されている世の中。ここは、そのような管理社会に距離を保ちつつ、歩み寄ろうとしている。「元手のかからない自然の恵み、”糧”から自らの手で価値を生み出し、然るべき価格で資金を得て、物流の見える豊かな衣食住を人々に広める仕組みをつくる」という明確な目的がある。そのための確かな技術を持っている企業が地元にあることは誇りである。来春よりオンラインサロンを開始する予定とのことで、新たな繋がりができることを楽しみにしている。
後世に引き継ぎ、守っていきたい、多くの人に知って貰いたい、そのようなお店や会社に微力ながらも投資することが、よいお金の使い方であることも学んだ。命を守るために今後ますます必要になるであろう”原因療法”の考え方、体液バランスを調える塩や漢方生薬について、栽培なども含めて研究を続けていきたい。また、地域に根付くということについて、これからの時代は場所に囚われずに、遠方からでも広く関わることの可能性について模索していきたい。自分の手で作り出したものをシェアするという外部との繋がり、それを誰もができる場づくりは、命を元気にする根本として、何らかの形で行動していきたい。国づくり以前の個人の生きる指針が垣間見えるような、貴重な体験となった。
体力に自信のある方は是非、百姓庵を訪ねると手応えのある面白い発見があると思う。

(以上)

納 真実子

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