「心のこもった」ごはん 〜女子大生居候のひとりごと〜

こんにちは。
女子大生居候の白川です。

百姓庵に来て、食について考える機会がぐっと増えました。
おいしいってなんだろう。食卓ってなんだろう。栄養ってなんだろう。
そんな問いを持った時、よく耳にするのが「心のこもっているごはんがおいしい」という言葉です。

じゃあ、「心のこもったごはん」って一体なんなのでしょうか。
「コンビニ飯は無機質で嫌い」という言葉もよく耳にします。
コンビニ飯には心がこもっていないのでしょうか。

 

私の通う大学は東京のど真ん中。毎日お弁当を作っていくのも大変だし、外食行くにも昼休みだけじゃちょっと時間が少ない。おのずと、週の半分くらいはコンビニで昼食を調達していました。

そりゃあ、毎日コンビニ飯だったら飽きるし、お母さんがつくってくれるご飯のほうが私は好きだし、百姓庵で頂いているごはんなんて超おいしくて健康的。

けど、心がこもっているかいないかで言ったら、心はたんまりこもっていると思うのです。

コンビニ飯ひとつとっても、たくさんの人々が関わっています。生産者、商品開発者、製造工場の人、工場の機械をつくっている人、販売者等々、そしてわたしたち消費者。「食」ができあがる過程には、必ず誰かの「想い」があるんじゃないのかなあと思うんです。

 

想像力と感性を大切にしたいなあと思います。

「コンビニ飯は心がこもってない」って言う前に、コンビニ飯に込められた想いを感じ取れる感性と想像力を大切にしたい。心のこもっていない食はない。都会のご飯が不味いんじゃなくて、都会にいると感性が鈍くなるんだと思うんです。田舎のご飯が美味しいのは、感性が開かれているからってのもあると思うんです。

あとは、心のこもったごはんに、食卓という場を通じてもういっちょ想いを添えられる余裕を持てるようにしたいなあ。

結局、好きな人たちと食べるごはんが世界でいちばん「おいしい」って、今の私は思うから。

女子大生居候のひとりごとでした。

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この前のお昼ごはん!
百姓庵で育ったお野菜をつかいました〜!

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