はたらくってなんだろう~女子大生居候のひとりごと~

こんにちは。百姓庵で居候させていただいている、白川未彩です。

私が百姓庵で暮らし始めたのは約3週間前。

以前からインターンでのお仕事やヒッチハイク等で向津具に訪れており、その豊かな自然と百姓庵の井上かみさんの考え方に強く心を惹かれて、ここに来ることを決めました。

言ってみれば、直感そのもの。

そんな私を待ち受けていたのは、びっくりするくらい価値観の違う生活でした。

埼玉県に生まれ、東京の大学へ通う私にとっては、毎日が新鮮で、おどろきの連続です。

今日はちょっとだけ、百姓庵の生活で私がゆるりと思ったことを、書き記していけたらいいなと思います。もしお時間あったら、女子大生居候のひとりごとと思って読んでみてください。

 

ここでのいちばんの驚きは、働くという概念が希薄であること。

多くの人は、会社等で「働く時間」があって、お家で過ごすような「自分の時間」があります。

また、多様な働き方が生まれ始め、プライベートとオフィシャルの境界線が曖昧な人も多くいると思います。在宅ワークや多拠点生活、テレワークやフレックス制、それらを組み合わせればどんな働き方だってできると思うし、仕事を「つくる」という考え方も少しずつ認められ始めました。働く意味だって、お金を稼ぎたいと思う人もいれば、自分の夢を実現させたいと考える人もいます。

私はまだ20年しか生きていなくて、昔の働き方は想像しかできないけれど、きっと、「働く」という言葉に対して柔軟な社会になっているんだろうと思います。

私はまだ大学生ですが、私の周りには、そうやって多様な働き方を実現している人がたくさんいて。だからこそ私も「働く」という言葉に対して、自分自身が柔軟な考え方を持っていると思っていました。

 

けど、百姓庵の人々は、「働く」という言葉に対する考え方が、私と大きく違っていたのです。

彼らは、「働く」というよりも「暮らし」ていました。

働く時間と自分の時間の境界線が曖昧で、もはやその概念はあまりなくて、ただただ、暮らしているんです。百姓庵で「暮らす」人々をいつもの視点で見たら、ものすごく「働いて」いる。けど百姓庵での時間に「労働時間」という言葉はあまりにそぐわない。彼らはそれを仕事としていないから。自分自身が楽しむために、自分たちの想いを届けるために、自然を循環させるために、塩をつくって、農作業をして、大工をして、ほんとうの意味での、自給自足をしているだけだから。

 

ここに来た日、「なにをすればいいですか?」と聞く私に返ってきた返答は、「何がしたい?ルールはないよ」でした。休みたかったら好きに言って決まりはないから。やることは当日の天気によって変わるかな。未彩ちゃんは未彩ちゃんのやりたいことをしたらいいよ。

 

……ものすごく戸惑いました。いやいや、ルールくらいなにかあるでしょって。けれどそうじゃない。本当にルールはなくて、きっと、私がやりたいことを見つけたら、やりたいようにやっていいんだと思います。やりたくないことはやるべきじゃない。自分が心を惹かれるものに忠実でいい。3週間経ってようやく、その感覚に慣れてきたように思います。

 

公教育をしっかり受け、私立の進学校を卒業し、大学生活を送る私にとっては、「自由」ってものすごく難しいんです。正解のある問題ばかりを解いてきたから。けどこれからの変わりゆく社会に正解なんてどこにもなくて、その点で、ここでの暮らし、考え方は、これから生きていく上で必要不可欠なんだろうと思います。

 

そんな私も、ひとつ、「ここでやりたい!!」と心から思えることを見つけました。その話は、またあとで。

 

今日も畑に行ってきます〜!

 

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